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ジャマーバンドさんのfacebookより〜その4〜 [ダイアリー]

どんどん書いてくれるジャマーさんの「泉たまの思い出」集。ついに第4弾。

そうそう、ばっちゃんアニキさんには大阪バラード(だったと思う)で、バックコーラスなんてことをお願いしてやってもらったことありました。エルビン・ビショップの曲もやってもらったよね。

CーPOINTさんの「少年の夢」でのアニキさんの歌い方のモノマネも流行りました。失礼しました。


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泉州たまねぎファイターズの出会いを辿っていると思い出したのですが、実はアニキの方が先に知り合っていて、当時アニキは「PIE」というバンドをしていましたが、センタマのバックコーラスなんかもしてたと聞いたことがあるのを思い出しました。

そういえばアニキの結婚式(たぶん83年ごろか?)にジャマーバンド(当時メッティチャイルド)が呼ばれたとき、弟ヒロジが「1曲しかしたらあかんから、楽器持って行ってもアホラシでぇ~」とまだ「謙虚」という言葉を知らない私たちはのこのこと手ぶらで会場(たぶんバーボンハウス)へ出かけていきました。

当時アニキはc-pointというプロバンドでしたので、結婚式はみなさんお祝いの一曲を披露する趣向で進められていきます。泉州たまねぎファイターズも一曲、やしきたかじんも一曲、シェイカーズも一曲、スターダストレビューも一曲、そして次は我々に演奏してくれと頼まれ、「楽器持ってこなくてよかった」と思ったのも束の間、謙虚なセンタマのみなさんが楽器を差出、「どうぞ使ってください」といわれ、断ればええものを誰かが「ありがとうございます」と借りてしまったもんやから、やけくそでトーキングブルースしたんだけどそれがまたエライ受けた。という今から書きながらも背筋が凍る話がございました。

c-pointは、加山雄三主演のテレビドラマのテーマソング「少年の夢」(名曲です)や佐野元春や伊藤銀二プロデュースのアルバムHIGHーTUNEをリリースしたり、小林麻美と大ヒット曲「雨音はショパンの調べ」(たぶん訳詞はユーミン)など輝いてました。まあ和歌山が生んだヒーローとして阪神タイガースの藤田平に次ぐヒーローでした。

たまに帰省したとき、メッティチャイルドに飛び入りしたり、片男波野外ライブでもソロでかっこよく歌ってましたわ。

その後、c-pointは解散、88年にアニキは和歌山に帰ってきます。
先日「何でジャマーバンドに入ろうと思ったの?」と尋ねると「金ちゃんが誘ったんや!」と叱られました。その時思い出しましたが、アニキは写真のように笑顔がいいので、当時優しい先輩やと勘違いしてたんですね。30周年で色々思い出す今日この頃です。

とりあえず13日日曜日ジャックライオンへ16時始まります



とうとう、ジャマーさんの30周年ライブの前座出演が明々後日(しあさってとタイプするとこう変換されるんだ!)にせまりました。いろいろ書いてもらって「ホメ殺し」状態なので非常にプレッシャー感じてます。

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